2007年03月05日

★終了しました〜べてるの家のワークショップ--当事者の力

*2007年3月3日(このすぐ下)の催しに参加したあと、私自身の体験も含めて書いたものです。


世に統合失調症というものがあり、うつ病や人格障害が流行り病のように言われている。それらは定義されることによって初めて存在することになった病気である。

しかしじつのところ、病名でひとくくりにされるものではなく、ひとりひとりが生きているという、個々の現実にそったかたちでしか癒されていかないと思う。

ぼくの病名は「そううつ病」。感情や気分が安定せず、極端に振れてしまう病気である。感情や気分はからだとも思考とも絡み合って一体なので、すべてに変調をきたす。妄想も強く、程度が強いと幻覚もある。それが原因で人間関係に支障をきたすことも多い。
  (ちなみに今はほとんど症状はおさまっている)

けれど、同じそううつやうつといっても、共通点こそあれ、具体的症状や主観的体験は、その人ごとに違うユニークなものだ。

西洋医学を否定するものではない。ぼくは、病院の救急医療のおかげで、自殺未遂から蘇生できた。新宿区牛込弁天町の晴和病院はいのちの恩人だ。船渡川先生、大変お世話になりました。

それにしても、あのまま入院していたら、今みたいに好きな時に温泉に行き、次々転職したり、表現したり、旅したり、恋愛したり結婚したり離婚したりできなかったかもしれない。そううつを野放しにして、人間関係を壊したり、引きこもったり、瞑想したり、断食したり、畑をやったり、金を稼いだり貧乏になったり、できなかったかもしれない。

そして、こんにちも悩み多き日常である。感情不安定問題山積、しかしどんなに問題行動に走っても、看護師が飛んでくることはなく、医師に注射を打たれることもなく、セラピストにニコニコ顔でせまられたりもしない。

パートナーとはけっこうぶつかるし、安心して問題行動を起こしまくれる。自分の問題を専門家に丸投げせずに、自分で引き受けて人生にぶつかっていく機会を与えられている。

しかも今は、精神医療・福祉の専門職として仕事したりもする(なかなか食うのは大変だ)。電話相談や施設に援助に行ったりしていると、ときどき不思議な気持ちになる。

このまえ友だちから、君が相談してもらったほうがいいんじゃないの? といわれて、なるほどそうだよなと思ったものだ。実際コーチングやカウンセリングもうけている。まあ、お互い様だからいいんじゃないの? と自分を納得させている。

当事者仲間には、とても助けられている。やっぱり仲間の力は大きい。いろんな人に支えられて、なんとか今のぼくがあるのだ。(専門職仲間よりどちらかというと)

べてるの家のメンバーは、精心疾患を持ちながらも、それぞれが「自己病名」をつけている。さらに症状を尊重して「幻聴さん」とか、キャラクター名で呼ぶ。なかには、幻聴さんに対するもてなしかたを工夫して、手なづけてしまうような人もいる。

援助者である川村医師は「治せない医者」、ワーカーの向谷地氏は、「援助されるワーカー」と自分を呼ぶ。このまえの土曜日は、その向谷地氏やべてるの当事者メンバーを迎えて厚木でワークショップがあり、ぼくは手伝いにいった。そこでぼくは、彼らの「生きる技」を堪能した。

精神障害は、絶えずやってくる「幻覚」「妄想」はじめ、様々な「お客さん」に悩まされる病気である。それを押え込んだり、消そうとしてもなかなか離れてはくれない。そこで、そのお客さんといかに仲良くしたり、丁重に帰っていただいたりという工夫が生まれる。

人間関係では、そんな自分の中のお客さんに振り回されると、思わず意にそわないことを言ってしまったりして、うまくいかなくなる。

ぼくがその日のワークショップである当事者のかたと話して、思ったこと。ああ、この人はいろんな苦労をしてきて、苦労仲間にも出会えたし、それを乗り越えて生きていることで、お客さんをあつかういい「技」を身につけてきているな、ということ。

壇上でのワークショップ場面。向谷地さんは、当事者のひとりひとりに、「あなたはどんなことが御専門ですか?」ときく。技を身につけてきた人は、誰でもその分野の専門家なのだ。

ある人は「不登校」部門の、また「被害妄想部門」、「不満鬱積爆発型部門」、「人目が恐い部門」など様々である。こうして、自分が自分を研究していくという、「当事者研究」が生まれた。

四六時中自分と一緒の自分こそ、自分の専門家になってしかるべきだ。そういう意識で長いこと研究してきた人たちの技の数々は、発端は病気だけれど、生きることに直接結びつく貴重な知恵である。

たとえば、「人目を気にしすぎてリラックスできない」「本当の自分が何かわからない」「周りに合わせてばかりで疲れてしまう」「淋しくて恋愛やお酒に頼ってしまう」、、、これらは、生きることの根本に結びついた問題ではないだろうか。

日々そうした問題を、ひとりでは押しつぶされてしまうから、仲間に「弱さの情報公開」をしながら研究する人たち。真剣なのに笑えてしまう、滑稽なのに、生きる本当の姿が透けて見える。

ぼくは長いこと病院で精神疾患を持つ人々に関わり、いまは独立してその分野で取り組んでいるが、強く確信していることがある。

<社会復帰というけれど、社会のほうが今や変わらなければ続いていかない時代だ。そのために、こういう病気によって技を磨いた専門家たちこそが、社会を変えていく力になる。病院にこもっていてはもったいない。どんどん社会に出て、生きる技を伝えていくべきだ>

もうすでに野放しになったたのもしい仲間たちが、こんなにもすてきな研究成果を発表している場面に出会えて、本当に力づけられた。


*べてるの家のホームページ。「当事者研究」がおもしろい。
http://bethel-net.jp/
*べてるの家のコミュニティー
http://mixi.jp/view_community.pl?id=82452




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