2005年10月31日

うつ日記-その1

2005.10.31

 今朝起きたら、恒例のうつである。
 この一週間、なんだか重い空気が上空を漂っていることは感じていた。それが、今朝起きると、どすん、と頭の上に落ちてきた。今日は心身ともに重苦しく、午前中一杯寝てしまった。

 久しぶりの「うつ休み」である。


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せっかくカテゴリーの欄に「精神病院のスケッチ」が掲げてあるのだから、この際、、当事者をうたっているぼくとしては、しばらくうつ日記を付けよう。今日は仕事を休み、開き直ってのんびりしている。

 ・・・と、書き始めたのはいいものの、せっかく書いた文章を一気にオジャンに・・・、まあいいや、誰もまだ読んでいないのだし、また書こう。急ぐ用事もないのだからと、平日昼間にこれを書いている。こんな空回りもうつのうちだ。

 そううつとなり、もう二十数年。我ながらキャリアである。希死念虜(死にたくなる気持)が強い病気なので、生き延びてきたんだなぁとも感慨する。大学のころから、精神科を退院するたびに、同級生からサバイバルの島田と呼ばれていた(数回入退院をくり返している)。

 今日は午前中暖かな陽射しの中でまどろんでいたが、午後になって急に曇りだし、雨さえぱらついてきた。ああ、人生もこんなだよなぁ、、、なんて思ってしまうところがまた特徴的である。

 こうした瞬間も、死にたい気持はやってくる。

 自分が悪いからうつになるんだ。すべては自分のせいだから死にたい。生きていても何もいいことないから死にたい。自分は世界一だめなやつだから死にたい。もう死ぬしかない。いつ死のうか、今死のうか、死ぬべき運命という啓示が聞こえる。さあ死のう、いや恐い、もうだめかも、、、やっぱり死ぬしか、、

 とかなんとか、ぐちゃぐちゃ考えてよく何日も過ごしたものだ。うつになると、ネガティブ思考どっぷりになる。そうでなくてはうつとは言えない。窓際で雀がエサをついばんでいるのさえ、ああ雀はいいなぁ、、、それにくらべてオレは、、などと、自分に難くせをつけはじめる。なにごとも、「ひとがみな我より偉く見え」てくるのである。

 そんなことをつらつらと、もうこんなにも書いてしまった。今日は一歩も外に出ずに、とくに何もしないのにもう夕方である。いい働き盛りの大人が、、、と悲観的になるのもうつであろうか? そう思うのはあたりまえではないのか? と本当のところがわからなくなる。でも、本当なんてないんだ、と諦めてしまえばまた楽である。

 そこで、うつを楽に過ごす方法をつらつらと書いてみた。


 うつの過ごし方その1 (思いつくまま順不同)

 極力休んでしまう。とにかく自分は今うつなんだ、休んであたりまえなんだと割り切って、ゆっくりだらだら。。せっかく休んだんだからと、欲張って何かをしたりしない。自堕落そのものになりごろごろする。ふとんもたたまない、食事もインスタントで済ませる、掃除なんてとんでもないって、、これじゃいつもとあまり変わりない?

 その2

 深い呼吸、やわらかい呼吸。溜め息とくによし。外気ならなおよし。ぶらぶら散歩のついでに、気功などもよし。日暮らしコンピューターに向かいてネットサーフィンするも、あやしうこそもの狂おしく、あまりおすすめできず。けしきが開けたようなところでのんびりするがげによし。水辺もよし。犬の背を撫でるなども、なごみて、またおかし。

 その3

 ラッキーなうつ休みに勉強などしようと思ったが、まるで集中力なく、諦らむるべし。瞑想もけっこうだが、あまり集中を要すもの、かえってイライラすべし。散漫に、だらだらと、ゆっくりと、をこころがける。

 その4

 楽になりたいならまず薬。ああそうだ、薬という字は、楽になるための草と書く。ぼくがいつも予防的に飲んでいるのは「サイコカリュウコツボレイトウ」という漢方薬。それでも落ちるときには落ちる。あまり落ちて苦しいときには、新薬という、いわゆる抗不安薬や抗うつ剤を飲む。これは効く。ぐっと楽になってくる。
 もともとぼくは薬が嫌いなほうではない。薬を頼ろう。頼ったあとに楽になったら、うつ的な心のしくみとか、うつの意味とかを考えたり、いろいろ工夫すればいい。最初にそれをやろうとしても無理である。うつの渦巻きはそれほど強い吸引力がある。だから病気なのである。
 副作用は確かにつらい。ぼくはそれで退院したくらいである。でも、今はとにかくどっちを取るか、緊急避難。

  その5

 うつであることを告げる。まわりに理解者があると、とても助かる。それこそ最大の薬である。しかし、うつ病者のひねくれた自虐的思考につきあうのは、骨がおれる、いらいらする、あきあきする、うんざりする、ほとほとくたびれる、うつになってしまう、のであるから甘えるのもほどほどに。しかし、うつのしくみを知っておいてもらうのは大切だ。のだが、うつ病者は、まず自分とのつきあいかたをあらためていく必要がある。

 その6

 ビスターリ、ビスターリ。ヒマラヤのトレッキングで憶えた「ゆっくり、ゆっくり」というネパール語。口にしただけで白い峯みねが浮かぶ。すがすがしく、気持のいいことを考える。なごむような音楽を聞く。貧困妄想があるので(いや、妄想ではなく現実でもあるが)、お金を使うのに抵抗があるのだけれど、ふわふわして気持よくさせてくれるようなものを買う。ゆったりとしたマッサージなんかを受けに行くのもいいかもね。自分を大切にしてくれるようなものを自分にあげる。


 ・・・・外が暮れてきている。陽がつるべ落としに短くなってきている。ので、これから書いたとおりに外にいってきます。うつは午前中が重く、午後になると軽くなってくる。また季節変化がはっきりしていることが多い。という事実からみても、自然と大きく関わっている病気だということがわかる。もっと「からだ」に関わる治療、自然と関わる治療があっていいように思う。

 ではいってきます


posted by jksk at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ぼくのうつ日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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