2005年11月03日

うつ日記-その5

 早朝覚醒。うつに特徴的な睡眠障害のひとつ。。。それかなぁと思う。気にするとそれが現実になってしまう。意識のメカニズムであろう。
 このうつ日記を読むかたには、ずいぶん元気じゃないかと誤解されるかもしれないが、この五日間ほどぼくは、散歩(出かけること)とこのブログを書くことくらいしかやっていない。それがすむとほぼエネルギーを使い果たし、ぼーっとするか、寝るかである。仕事を休むなどいろいろ不義理をしているおかげ様でだいぶ休めて、ひどい方向にはならないようだ。

 うつというのは、ただでさえ精神や肉体活動が低下しているところに加えて、自分自身のふがいなさを責めることで徹底的に落ちていく病気である。またそれを口にすることでますますドツボにはまっていく。人間は意識で自分の行為を決定し、言葉で確認する。こういう時期こそ、自分にいいことばかりを与えてあげる「自分主義」の時期にするのがいい。

 うつの人はとかく人付き合いがいい。自分のことより人のことが気にかかる。よくいえば、思いやりが深いのだが、それはちと違うだろう。人からの批判が恐い、人にどう思われているかばかりが行動基準になりがちなのだ。それで無理をして人を助けたりつきあったりするので、自分がつぶれてしまう。

 うつの人はただでさえキャパシティーが小さい。ぼくの場合、クボクラ医師から「あんたは軽自動車なんだから高速を全力でぶっ飛ばすな」といわれている。けれど、自分ではできると思ってしまうので、無理をする。八文目ということがなかなか分からないでやってきた。そのつけはすぐにやってくるのである。

 だからうつ休みには、ほとんど三分目くらいしかやらない。それで自分の"分"というものを初めから計りなおす。いまのぼくは三分の一のエネルギーしかないので、できると「思っている」ことの、三分の一程度しかやらないようにしている。もしかしたら仕事にもいけるかもしれない。いや、行こうと思えばいけるのだ。だけど、行こうなんて思わないことが肝心だ。忘れてしまえば、気にしないで休みを存分に楽しめる。

 楽しそうなことでも、人の誘いにはかなり熟考を要す。人と出逢うことはうつ状態にとって最も不得手な"気"を使う作業だ。敏感なその部分をプロテクトするためには、そういう状態をできる限り回避すること。もちろん行けそうな場合もある。それも自分が三分の一の状態だと考えた上で決める。

 だから一番いいのは、わがままがきく自分ひとり主義、またはまったく自由にさせてくれる人とだけ過ごすことである。うつの人はすぐ疲れるクセに、なかなかそれを言い出せない。断れない。だから、疲れたらやっぱりやーめたといつでも言い出せる、気楽な状態でなければならない。

 ぼくのパートナーは、毎日うちにいてくれて、話も散歩もできて、食事もゆっくりできる、ずっと"うつ"ならいいのにと不埒なことをいう。いまのところぼくがぶらぶらボーーっとしていても、差し迫った状況にならないので、まあそういえばそうなのだが。

 この病気というやつがストッパーになっているので、ぼくはどうしても忙しい状態を長く続けられない。もしも無理すれば、必ずそのつけは後でどーーんとくる。だから、このごろぼくは人付き合いが悪くなり、筆無精になり、めんどくさいことには首を突っ込まないようになってきた。

 すべきことなどほとんどないのだなぁと思う。自分がしたいかどうかがあくまで基準である。いままですべきと「思っていた」ことが多すぎたのだ。

 すべきことがなくなっている状態で、ポッカリ空いた休日を「うつ休み」という。じつは行きたいところがあった今日も、自分の状態を考えた末、ずいぶん迷ったが行くのををやめた。残念な気持と、リラックスした気持をはかりにかけると、止めることでほっとしている自分に気づく。ぼくは自分をほっとさせるという自分への贈り物を大切にし始めているのだと、うれしくなった。大切なのは、何よりこんな体験である。

         (この項明日につづく)



posted by jksk at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ぼくのうつ日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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