2005年11月14日

うつ日記 その13

2005.11.13 夜中

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 このところ、日記が相模平野・・のほうから引っ越し、すっかりうつ一色になってしまった。これもうつなんだから仕方がない。今日は大変な思いもしたが、生きていることを実感もした。

 体験したことのない激しい感情の嵐。"うつ"とい現象の下に隠れた感情を解放していくにつれ、ハートのコアにかなりしつこい悲しみのしこりと、そのまわりにスパークする火花のような淋しさを感じた。

 脳内ホルモンのアンバランスなど、うつには脳の機能障害の側面も確かに存在するが、そこだけを薬等でいじってみても、根本的な解決にはならない。深いところに潜りに潜った古い体験の澱がある。そこに触れていかなければ、表層をかき回しているだけになる。

 感情はいろいろな過去の体験と結びついているので、感じることに慣れていないぼくのようなものにとっては、それを導きだすのは大変な作業だ。たとえメロドラマに対する反応であっても小出しにしている人はもっと楽なのだろう。

 また、自罰的な傾向はほとんど幼少期からのもので、自分がしてきたあらゆる行為の記憶にからみついている。自分に対する許しが必要だ。カードで引いたとおり、あまりに人に対して気を使い、人のためにあれこれエネルギーを注いできたので、自分のケアがおろそかになり、自己評価極端に低くなっている。

 このことについては、自分の誕生後すぐから、ひよっとしてそれ以前からの、うつの最も根本的な成り立ちに結びついているので、改めて書かねばならないだろう。

 今日はエネルギーをひどく消耗した。1日一歩も外に出ていなかったので、月の光で田んぼの中を歩いてきた。月に向かって、ヨガの月礼拝をする。田舎道の散歩はどこにでも入っていけるように、いつも長靴だ。うっすらとピラミッド形の大山が浮かび上がっている。

 じつは先週の金曜日、役所に寄った帰りに、パートナーの提案で急遽大山にいってきた。途中までケーブルカーで登り、下社にお参りする。もやの中にすでに町の灯が瞬きはじめている時間だった。水も空気もやわらかだった。

 帰りは森の中を縫うようにして、とてつもなく長い石段を歩いて下ってきたが、途中で真っ暗になってしまう。おそらく江戸時代に積まれたであろう階段は、古代遺跡のように闇の中でどっしりとした重みをたたえていた。

 金曜日は11日で、それは引っ越し1年の記念のお礼参りのつもりだった。

 ぼくたちは、この大山をひそかに"アルナチャラ"と呼んでいる。南インドはタミルナドゥー州のほぼ中央に位置する、聖地ティルヴァンナマライの聖山である。ぼくはそこを二度訪ねたことがあり、パートナーもぼくとは別の機会に行ったことがある。

 この訪問記をこちら(日付け順ではこの記事の直前なので、すぐ下です)に載せたので、よろしかったらどうぞ。

 昼夜逆転になりそうだ。何とか生活リズムを保ってきたが、今日は昼間起きられずにうとうとばかりしていたので、ちっとも眠くならずに夜になって頭が冴えて仕方がない。あまりひどくなれば薬を使うべきだろうか、、、迷うところである。

 ともかくうつらしく、さまざまな体験をさせてもらっている。今回は、とくにパートナーに感謝している。彼女は産婆役を引き受けてくれている。

 ぼくは仕事のことが気にかかる、勉強もしかり、離婚訴訟も悩みの種で、現実にがんじがらめになっているような気がしているが、かたや、これも一期の夢、人生の一場面であると思える。

 さらに大切なこと、許し、思いやり、愛することといった、よく耳にするけれど、実際にまともに取り組むことの希な課題に、真正面からぶつかっている最中である。いやぶつからねば、どうにもならないのっぴきならぬ状態なのだ。それは自らが招き、自らが乗り越えようとしている、ひとり芝居であるが、一世一代の芝居である。

 北海道の「べてるの家」で、合い言葉のように言われている「順調ですね」のうちかもしれない。うつが不惑を過ぎて再発し、迷いに迷う道を用意してくれるとは、なかなか粋な計らいなのかも。。。などと実際言っていられないほど深刻な場面もあるんだが。今日はこれで順調ということにして、閉じよう。



posted by jksk at 01:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ぼくのうつ日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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