2005年10月02日

人と別れていくこと

 「日常が旅のなかに含まれることは容易だが、旅が日常に含まれることは難しい」。

 この日常は、次の旅までの暫定的な状態なのだろうか? 考えてみると、この前の長い旅の後これで一先ず終わりにしよう、とは言わずにここまで来てしまっていた。

 変化していく旅の質が、秋になるとまたより澄み切って現われてくる。

「止別(やんべつ)」という町へ、北海道旅行の際に立ち寄った。これこそ陸地の終点というようながらんとして何もない淋しい町である。空はいつも曇っていて、砂地にレールが二本延びていて、ぽつりと立った駅舎に何軒かの民家がわずかにこびりつくように建っている。

 列車などまったくやってきそうにない掘っ立て小屋の駅舎は、ラーメン屋になっていて、店員が所在なさそうに小窓から外を覗いていた。下車した乗客のためなのか、それとも利用頻度の少ない駅をむしろラーメン屋として活用しようというのか。どちらにしろ人気の無い駅前に立つと、この町の名のとおり世界の全てがここで終わり、「止んで」いることがしんしんと身体を通して伝わってきた。

 全てが黒い穴に吸い込まれてその先行きが見えなくなるような感じに、ぼくはしばらく立ち尽くしていた。かつて友人の知り合いの女性が一家で住んでいたという木造の平屋は、入口に板が打ち付けられてしんと沈黙していた。

 道端で出会った初老の婦人にその女性のことをきくと、離婚した後、郷里の京都に引き揚げたのがつい去年のことという。彼女の一人娘も中学に上がって、夏休みを利用してちょうど家に泊まりにきているから寄ってくださいといわれ、彼女の後に従った。

 菊の花だけが唯一の色彩を添えているその婦人の家の庭で、ぼくはその娘と会った。その娘はぼくの友人のことをよく憶えていた。短く思い出話をして言葉が途切れると、ぼくたちは交互に写真を撮り合って別れた。

 家に帰ってきてからその友人に「会いに行けたよ」という手紙を書こうと思って、もらった住所を探してみたがどうしても見つからない。何に書き付けたのかも忘れてしまい、曖昧な記憶を探ってみるのだがもどかしくもそこまで辿り着けない。

 「止別」、止み、別れていくように一瞬出会った人と人がまた記憶の彼方に連れ去られていき、曖昧な闇に落ち込んでいこうとしている。意識の手を延ばしてみてもどうしてもそこまで届かないのだ。あの町は、記憶の最果てでもあったのかもしれない。そこから引き返して来た今、その最果てに置いてきた出会いは遥か遠くにあるように見える。

                    1996年 記


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