2005年10月03日

あなたにとって、一番大切なものは何ですか?

 「あなたにとっていちばん大切なものはなんですか?」

 8年ほど前に評判になった「地球家族」という写真集には、世界中の家族に向けてのそんな質問がのっていた。ごらんになった方も多いことだろう。

 日本を含む約30カ国を訪ね歩き、それぞれの国の「平均的」と思われる家族を訪ねて、その家の持ち物すべてを庭先や道路に並べて撮影する、それに加えてさまざまなインタビューゃそれぞれの国を知るための基本的な資料ものせるという、壮大なプロジェクトである。

 生活程度も社会情勢も価値観もかなり違った人たちの「いちばん大切なもの」に対する答えはとても興味深い。

 牛や鶏などの家畜、新しく買った車、電化製品とくにテレビ、家屋、友人、家族の絆、生活の安定、社会の安定などなど、それぞれに不足しているものやなかなか手に入りにくいもの、現在ある幸せを維持するために欠かせないものなどをあげている。

 貧しい国ほど生活に欠かせない基本的な物資をあげ、豊かな国ほど精神的な要素をあげるという傾向は見られるものの、ひとつひとつの家庭によってその答えは千差万別だ。それでもこの写真集では、取材者の代表であるピーター・メンツェル氏の卓越した選別眼で、各国の平均的と思われる家庭が選ばれている。

 日本では、平均的なサラリーマン世帯と思われる「ウキタ」さん一家が取材対象となっていた。仕事場と家を往復するばかりで家ではビールを飲みながら野球中継を見るのが楽しみという仕事人間である御主人、また、専業主婦で子供の教育に熱心な奥さん、塾通いで忙しい子供達という、まだバブルの余韻を残す1992年当時を象徴するような生活が紹介されていた。

 ウキタ家の庭先に並べられた家財道具は世界でも指折りの多さで、しかも細かいものが多い。他の国の様子については、以前通信で紹介したことがあるので、詳しくはぜひこの写真集「地球家族、続・地球家族」(TOTO出版)をごらんいただきたい。

 じつは今日テレビを(テレビである! ついに我が家にもテレビが入った<注記:これは2001年に書いている。今はまた、テレビなしに戻った> そればかりでなくビデオまでもらった。ちなみに今あるうちの電化製品は、ほとんどがもらいものである。これも豊かな国日本に象徴的だ)

観ていたら、メンツェル氏が8年たってそれぞれの家庭を再訪するという番組をやっていた。8年たてば子供は大きく成長する、国の情勢も変わる、歳はとる、家族構成も変わるなどで、さすがに大きな変化が見られる。

 そして再び同じ質問「あなたにとっていちばん大切なものはなんですか?」をメンツェル氏から受けていた。電気のない暮らしをしていた人たちは電気に出会うことによって、テレビ・冷蔵庫・洗濯機のようなものが宝になる。教育を受けることが成功の道という価値観も入ってくる。社会的な安定が実現したりその逆であったり、そういった変化によっても答えは違ってくる。

 日本の「ウキタ」さん一家は、御主人はようやく手に入った家、奥さんは自分の健康、子供は携帯電話など、なかなかうなずける答えが帰ってきていた。しかし「いちばん」大切なものという質問に対する答えにしては、何か物足りない。

 地球家族という写真集は、「では自分はどうなのだろう?」ということを必ず突き返してくるようないい企画だと思うが、実際わたしは、あなたはこの問いに対してどう答えるだろうか。

 ぼくは貧乏暮らしを自認しているが、それも経済的な繁栄を後ろだてにした貧乏なので、まったく欠乏感はない。こんな暮らしは世界でも一部の先進国だけにおいて可能なのだと思う。

 電化製品は中古品をもらったり安く買ったりできる。コンピューターや通信機器は安く手に入るので、情報のやりとりは自由だ。貧乏でも強い円を利用して、そう贅沢さえしなければ世界中どこでも旅することが可能。車くらいは維持できないことはないので、ほとんど毎日乗り回している。これでは貧乏と言えないのでは?

 実際テレビでやっていたように、この8年で増えたものを庭先に並べてみるとすれば、うちの場合はほとんどのものがその範疇に入る。9年前にアメリカから帰国して段ボール二つではじめた生活が、もう引っ越すのがおっくうになるくらいの量のものに囲まれている。

 改めて自分にとって大切なものとはと自問してみれば、それらの物質にはないことが明らかだ。引っ越しの時にはほとんどのものを捨ててしまっていいような気持ちさえある。

 しかしそれは、どこへ行っても必要なものが安価に手に入る社会ならではの安心感なのだろう。

 たとえば、いったん手にしたテレビをどうでもいいやと思えるほどの精神的余裕は、インドの平均的な家庭にはないはずだ。長引く不況で失業率が5%を超えているとはいえ、まだ餓死者続出といった緊急事態を迎えてはいない社会の恩恵に知らずのうちにあずかっているのは否定できない。
 
こういった統計に基づく資料が送られてきた。

「世界を100人の村に縮小すると、そこに暮らす人間の 
6人が全世界の富の59%を所有し、その6人ともがアメリカ国籍
80人は標準以下の居住環境に住み
70人は文字が読めません
50人は栄養失調に苦しみ
1人が瀕死の状態にあり
1人はいま、生まれようとしています
1人は(そうたった1人)は大学の教育を受け
そしてたった1人だけがコンピューターを所有しています」(一部分のみを転載)

 このうちのもっとも有利な集団に属している自分は、いろいろなことがあった最近とくに、人生で何を大切にしどんな働きをするべきなのか、考えさせられるのである。

                    (2001.11)


                     <続記>
 これを書いてから、4年がたつ。ブログという自分の番組提供のようなシステムが、こんなに一般化するとは思っても見なかった。自分が一番大切にするものは?

眼に見えない、普遍的な何かであることは確かだ。簡単にいうと、幸せ感であり、つながりであり、信じることや、信頼感であり。。。こんなに会っては一番ではないじゃないか。いや、これらはみんなひとつのことなんですね、と言ってしまってはもともこもないか。


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