2005年10月06日

「降りていく生き方」のこと その3

 「精神病院」という場所は、ふだんはほとんど一般の人の意識に昇らないだろうが、一旦そのことが話題になると、ある程度の抵抗感や嫌悪感、下世話な好奇心や同情心などが湧くのではないだろうか。

 精神病ほど社会的、歴史的に「スティグマ(マイナスのレッテル)」が色濃く染み付いた病気はない。自分がやがてそれを罹患するなどとはもちろん予想もせずに、子供のころぼくは、友人たちと一緒に、近所の「鎌を振りかざして追っかけてくる恐いおじさん」や「年齢不詳の雪女のような顔をした感情のない女」などをからかい半分に怖がっていたものだ。

 昔は村のあちこちにさまざまな障害者が住み、そういった「特異点」は、子供にとって人間というものの底知れない神秘的な暗闇(怪物のように見えても彼らはやはり人間として認識されていた。だからこそぼくらは彼らを揶揄し、からかい、接近しつつ逃避するという遊戯の相手として重んじていたのだ)を、白日のもとに見させられる劇場であった。

 現代ではそうした多重構造性は社会からどんどん失われ、管理的秩序を持ったもうひとつの社会が、(精神科を例にあげれば)いかにも異郷としての神秘性を演出するがごとく、山あいの林間などに設置されるにいたっている。

 それがふつうの病院と大きく違った目で見られるのは、ひとつにはやはり「気が狂う」というイメージから、その内部では、まともな精神状態でなくなったある種怪物的な者たちによる異様な光景が展開しているのではないか、と想像されることがある。社会から隔絶したところで、社会には受け入れられないほどに甚だしく歪曲した精神を持つ異常な集団を飼育している・・・。

 かつて神社や墓場や屋敷森などの薄暮の地帯に宿っていた得体の知れないもののけの気配を、そういった「特異点」が地域から失われていくにつれ、人はたとえばメディアの提供する異様なストーリー、著しい逸脱行為のうわさ話、そして精神病院などに求めるようになった。そういった「異郷性」への興味は、逆説的な憧れを孕みながら、両極性を常とする人間の精神にとっては欠かせないものだ。

 だが異郷とは、「今ここ」である現実とたえず交流し対話し続ける限りにおいてその豊饒さを保てるものである。それは、自らが闇に脅かされ、ある時にはその闇に吸い取られてしまいそうな実存的恐れを抱きながら、イメージを膨らませていくあるひとつの実在感を備えた世界なのである。

 ぼくの子供時代の「恐いおじさん」のように、その世界は「あそこ」でもあったが同時に「ここ」と入り混じってあった。今その異世界は、身体にぐっとくるような実感を失って、こことの絆を断ち切られて「あそこ」または「どこか」にしかない。ひとは異世界の希人(まれびと)である病者たちといかなる関係も結べなくなった。

 こうして現実的な世界との豊かなエネルギー交感を失った痩せ細った病院は、その収容者をただ「社会復帰」という形で生産性に少しでも貢献しうる人間へと「修復」するために機能し、修復し得ない障害を残す人間は、あくまで失敗例、または生産性に貢献できない劣等者として分節化されるにいたる。

 病院はこの社会への再起待ち合い室であり、慈悲配給所の寒々しい行列である。精神科の患者は、憐れまれ疎まれる対象ではあっても、決して世の中からそのままの状態で必要とされるような、あの世的な価値観を流通させるための「希人」ではなくなった。

 そこからはもはや巫女も、神憑かりも、怪物も雪女も生まれない。彼らは患者なのであり、治癒対象と目される医療の顧客であり、選挙権を行使できるしかし人並みではない二級市民なのである。

 悪しき平等主義、偽ものの民主主義が跋扈する世の中で、精神病院、そこは地図の中で白く抜かれたブラインド・スポットだ。機会均等という題目を免罪符にして、この社会は単一色に塗りつぶされている。

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 しかし病院にいるとなぜ、安らぎを感じるのだろう? 患者の多くは、何回もドロップアウトしてきて、もはやもう這い上がれないところまできている。病状が固定化し、社会的にも意識状態からも回復がもはや望めなかったり、痴呆状態が進み、自分を自分と認識できなくなってしまった人もある。

 犯罪がらみで刑務所との間を往復していたり、家族からも見捨てられてどこにも行き場がなく、医療保護を受けながら、仕方なく入院を延長し続ける人もいる。悪くいえば人生の不幸の吹きだまりだ。ぼくはそこに身をおいて、初日からなつかしさを感じてほっとした。

 それは必ずしも、自分の古巣だということではない。なつかしさは、そのどん底だ。存在ぎりぎりの臨死状態だ。降りていった先だ。地面だ。足が着くところだ。追われて追われてもう行き場がない、そこでも確かに生きているといった事実だ。

 今や不況も極まり、皆が戦々兢々としている。就職ができない、いつリストラされるか不安だ、将来どうなるんだろう? そんな不安や悩みがちゃんちゃらおかしいよと思えてくるほど、カルテに書かれた経歴は壮絶なものばかりだ。よくここまで生きてこられたよなぁと、まったく感心するしかない。ここまでたどり着けてよかったよねぇ、だってあの地下道でのたれ死んで当然だったんだもの、という人だっている。

 ここでは生きていることがまず不思議だ。病院だから当然死にも遭遇する。今日会えれば儲けものだというしかない。あなたは、私は、明日にはいないかもしれない。ここにいるのは、死をくぐり抜けてきて、なんとか生き延びてはいるものの、依然として死に直面せざるを得ない人たちなのである。


posted by jksk at 02:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 私の歩んできた道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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