2005年11月23日

M君との再会(前半)

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丹沢山奥の渓谷を走る水

2005.11.23

 M君とは、ぼくが精神病院に入院していた2年近くをともに同じ病室で、それもほとんどとなりどうしベッドを並べて暮らした仲である。それから二十数年近くたった。今日彼に会いにいく。

 病棟仲間とは、一番苦しい時期を何もかもさらけ出してつきあった間柄だ。だから、いつ会っても通じ合えるものがある。ましてM君とは、お互いに詩を書いているので話題が多い。しかしぼくは、長年病棟で知り合った人たちとは音信不通だった。

 それは、自分の苦しかった過去を振り返りたくないからである。そういう記憶は消し去って、できれば何ごともなかったかのように暮らしたい。まともな社会人としてやりなおしたい。そういう思いがあるからだ。しかし記憶は残る。再発に対する恐怖感もある。

 そしてある日、何年もたってからぶり返してきた兆候を認め、どうしても再発が否定できなくなった時、病気と縁が切れなかった自分を知って失望する。または絶望することもあるだろう。

 ぼくが40代に入って再発しながらも日々を暮らしていたある日、町田の精神障害者の授産施設に立ち寄った時のことである。そこはさまざまな活動をしていた作業所が合同して、ひとつのビルに集まり、二階はすてきな喫茶店になっていた。

ふとそこの本棚をみると、何かしら記憶の奥底をくすぐる名前があった。何冊か詩集が並べてあって、その背表紙にM君の名前があった。店の人に事情をきいてみると、そんなことまで言ってしまっていいのかと思うほど、M君のことについて話してくれる。たしかに、同じ病室で過ごしたM君に違いなかった。

 彼は一階で営業しているパン屋に勤めているという。授産施設というのは、障害のある人に職業訓練を行う社会復帰の練習のための場所なので、一般の企業のシステムとはだいぶ違うが、働く場所であり、また一般の人々との交流場所にもなっている。

 M君は、そこのスタッフとは折り合いがあまりよくなくて、今は休んでいるようだが、ぼくはさっそく電話で連絡をとり、彼と再会した。二十数年ぶりだ。ぼくが精神保健福祉の仕事を病院でしているというと、とても喜んでくれた。お互いに病気の様子を報告しあい、これまでの長い長いいきさつをビールを間に話し続けた。それから何回も会っている。

 今日はまた久しぶりに会うのだが、ぼくがうつ状態で会うのは初めてだ。彼は自分も状態がよくなくて寝込みがちなくせに、ぼくの病状を心配する。どんなことになるだろう。ぼくは彼と会う時には、まったくの同病人だ。仕事的な話はまったくしない。

 その報告は、またあとで、続く。。。。


posted by jksk at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 私の歩んできた道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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