2005年11月24日

M君との再会(後半)

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*子供のころによくのぼった"タラヨウ"の樹

2005.11.23

 けっこう話はできるものである。5時間近くも話しっぱなし。ふたりともおしゃべりなのだ。こんなことでうつでいいのだろうか。明日から正式な休業だというのに、酒飲んで夜遅くまで話し込むとは。。。まあいいだろう、酒は飲めても勤めは無理なのだから。

 相手のM君も、彼は統合失調症ではあるが、授産施設に復帰しつつも好きな酒を飲めるのが楽しくてしょうがない。仕事は休みがちでも、こういう時にはなぜか元気になってしまうようだ。お互い順調な社会適応というか、世渡りができているみたいである。

 精神病世界にはおもしろおかしい話がとても多い。いや、もちろん死んでしまった友もいるし、何十年も入院したままの人もいる。しかしぼくらの病棟生活の思い出は、滑稽な話ばかりが話題にのぼる。

 いいことしか思い出さないのは、救いである。ただでさえ病気で苦しいのに、思い出にまで苦しめられるのはたまらない。消灯後に酒を持ち込んでベッドの上で酒盛りした話、薬を喉で止めて便所に流すテクニック、逃亡した話、院内恋愛のこと、退屈まぎれに万引きをしまくったこと、暴力事件、診療ボイコット、あげくの果ての強制退院。

 こう書くと、けっこう楽しい病院生活だったのではないか。。。だが、決してそんなこともない。でも、その辺のことを深追いしても、現在の役にたつわけでもないのだ。

 おかしなのは、今でもそういう患者模様は変わらないことだ。ぼくの勤める病棟でも、以上のような悪さはけっこう行われている。悪さをするのは、かえって元気があってよろしい! そのくらいでないと、長い病人稼業はやっていけないのだ。だから、ぼくはどちらかというと、そういう事件をほほえましい気持で見ている。一応注意したりするけれど、それは建て前だ。

 こんな文章を職場の人間が読んだらどうだろうかと思う。読んでほしいと思っている。もとよりぼくのような職員をクビにしないのが不思議な病院である。けっこう管理はいいかげんぽいところなのだ。そこが気に入って4年も居座り続けてしまった。

 M君と今回話したのは、とくに現場の職員の頭の悪さのことである。頭が悪いとは、勉強の出来不出来ではない。器量の広さというか、物事を多面的に考えられる柔軟な意識を持っているかどうかということだ。

 その点で、医療や福祉の現場で働いている人間は、驚くほど杓子定規なものの見方しかできない人が多い。それはM君とぼくの共通の実感だ。なぜそんなことになってしまうのか。おそらく情熱と善意を抱いてこの世界に入る人は多いだろうが、すぐに現実(自分がこうだと思い込んで描いている)とのギャップの大きさに、やる気を無くす。または、現実の多様さ、ひとりひとりの患者の底しれなさに対応することができなくなって、強い立ち場で押しつけにかかる。

 または患者の見せる発想の奇抜さ、アーティスティックなものの見方についていけない。とくに斬新な詩を書くM君は、福祉の職員からすると、それは病気の為せるわざで、M君その人の創作力であることが理解できない。これは彼としてもつらい。

 医療や福祉の現場の職員は、患者や利用者のお荷物にならないように、謙虚に接するくらいがいいと思っている。いわゆる常識的な考えの枠を壊すことがむずかしいのだから、それを超えてしまうような人の発想や生き方に、敬意を払ってもいいのじゃないかと思うのだ。

 ところがあまりにも狭い意識で接する者が多いので、患者としてはかなりのストレスを、病気の苦しみに加えて背負い込むことになる。つまり余分に苦しまねばならない。病院にさえ入らなければ、余計な苦労をすることはないのに、と思うことしばしばである。

 M君も、ずいぶん医者や職員に苦労させられてきた口だ。そういう愚痴をききながら、ぼくはもっとなことだと思う。ぼくはそのために入院中にボイコットを起こし、診療妨害などをして、病院から追い出された。

 ぼくは今は職員の端くれとして、どうかそういう彼らの無知を笑って許してやってくれよといった。実際気づかずにそうなってしまっている人が多い。患者としての度量の大きさが試されるのだ。金まで払ってそこまで気を使わなくちゃならないのも、どうかと思うけど。

 職員を教育するのは、まず教育機関であるけれど、その内容と、国家試験の内容を見てみると、あまりにも非現実的と思わざるを得ない。ぼくがいましている勉強にしても、かっこつきで考えなければ、やっていられない部分が多すぎる。

 実際に精神医療に関わりたくて、身を投じる人間は少ない。小児科と並んで、精神科は、医療の中ではかなり冷遇されているし、活気もしょぼしょぼなのだ。そんな中で、もちろん元気なところもある。制度も、昔日と比べると格段に進歩しつつある。ああ、ようやく精神病世界にも陽があたってきたなぁと思えるのは、ここほんの数年のことだ。

 その元気なところをつながりあって、ますます活気づけたい。M君とそんな希望をいつも語っている。とにかく表現を通じて彼はすでに何回も自分自身を発信しているのだからと、12月の詩の朗読会にも誘っている。

 彼は最近、自分の病歴で初めてうつ状態を体験したそうだ。それは地獄だったという。とくに回復してくる過程で死にたくてしょうがなくなったという。ぼくはふんふんと聞き、ちょっぴり先輩面して言ったものだ。

 これでM君もぼくの苦しみがわかったんだねぇ、きみも立派な病気の問屋だ。これだけあれこれやっていれば、もう師匠の領域だよ。いい病気力をつけているねぇ。

 お互い、夢のようなことを言うと、今のは妄想か? 幻聴でも聞こえてるんじゃねえのか? と言い合える。なにより、彼には本気で殴られたことがある。それも友情だと思っている。ぼくにはめったにない経験だった。

 ・・・入院時の楽しいネタは数多くあるけれど、今日はこのあたりで。



posted by jksk at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 私の歩んできた道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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