2005年12月11日

生きるためのアート

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故郷の山"榛名"と冬の太陽

2005.12.11

 このブログのタイトルやプロフィールに、<自己表現は治癒と自己創造の道>、また(ちょっと気取った表現で)セルフヒーリングとも書いた。それとまったく意味合いを同じくする「癒しとしての自己表現」という言葉を見つけておどろいた。

 11日(土)、精神病院での絵画スペースでの創作活動記録「心の杖として鏡として」を観に八王子に行った。今までエイブルアート(障害者のアートを売り出して行こうとしている団体)やアール・ブリュット(デビュフェのコレクションをはじめとする、精神障害をもつ人を中心とするアーティストの作品群)のことはきいていたけれど、実際にそういった活動をしている人たちに出逢ったことはなかった。出逢いたかった。

 そこで、群馬に里帰りする途中に、八王子のコミュニティーホールで催される上映会と対談に寄っていったのだ。

 ぼくは、10代の終りに躁鬱を発症して以来、自分が生き延びるために、表現しないではいられなかった。病院の二年間も、スケッチブックに詩や絵を描き続け、外出できるようになると、東京のあちこちの街角に立って歌を歌った。表現への衝動が生きる力になって、ぼくをこの世につなぎ止めてきたのだ。それは同時に、精神症状に巻き込まれずに、現実感を取り戻す助けにもなっていた。また、それを受けとめてもらえることで、人との関係性も快復されていった。

 それは今日まで続いている。とくに最近、また症状が出てくるにつれて、表現への欲求は危機迫るものになる。いても立ってもいられないのだ。夜中でもスケッチブックに鉛筆を走らせたり、メモ帳に詩を書き綴ったりすることがある。何かを表現したいとか、これを発表してどうこうしようとかいうことを越えて、もうそうせずにはいられなくなるのである。そうせずには自分が保てなくなるような、内から突き上げてくる欲求があるのだ。症状という負のエネルギーが、生きたいという衝動となって吹き出そうとしているのかもしれない。

 長年精神疾患をもちながらも製作を続けている人々の映像を観るにつけて、ぼくは同じ表現への欲求がそこに渦巻いているのをひしひしと感じた。製作に向かう姿から放射されるエネルギーがすごいのだ。そのすごさが、当日展示されていたいくつかの絵画からも発せられていた。そのエネルギーに当てられて、こちらも生きる衝動が突き上げてくるような作品だ。

 八王子の平川病院の旧閉鎖病棟の二室をアトリエに、入院や外来の人たちが集まってくる。また学生や地域の人たちもいるし、スタッフもやってくる。そこはどう見てもアトリエであり、病院には見えない。つまりいわゆる一般の作業療法や芸術療法が行っている、治療行為でさえない。何より先に、そこは集う場所、生きる場所、表現が生まれる、アートの現場なのだ。そのことにぼくは激しく共感した。

 生きることが病気を追いこしてしまっている。そう思った。描いている人たちの姿がそれを教えている。画面に登場するある作家は、「芸術とは、治ってはいけない病気だ」と、詩の朗読を通して叫んでいる。彼の肉声でそれを言われると、まったくそうとしか思えない。というか、治すことの不可能な病気なのだ。

 精神病という病気は、数多ある病のうちでも、もっとも社会性が強く関わる病気である。つまり、時代や文化や社会の価値観が大きく作用して、症状自体も作られるし、何が病気かの定義も大きく違ってくる。病気の評価のうち多くはネガティブなもので、差別にもつながっている。当事者はそんな理由で、治療以前に多くの問題を抱え込まなくてはならない運命にある。

 障害者の創作活動に対する評価でも、「精神病なのによくがんばって生きている」、「治療として有効かもしれない」という見方は、あくまで正常外の枠組みの中に彼らを閉じ込め、条件付きで認めるような同情心や、善意ある差別感情さえ漂わせている。

 映画の中の作家たちの姿、作品を見ていると、これは彼らが見つけたもっともふさわしい生き方だ、としか思えない。まさになるべくしてなったアーティストたちである。芸大に入るわけでもなく、専門教育を受けたわけでもない人がほとんどなのだが、その表現の伝染力といおうか、インパクトは、並みのプロではかなうものではない。
 
 絵の具をこね、何度も描きなおし、練り上げていった作品の中に、苦悩や修練や喜びが入り混じって、それが画面を飛び出てこちらを巻き込んでくる。反応せずにはいられないインパクトである。そんな彼らの毎年の作品展、"癒しとしての自己表現展"が、来月1月にさっそく催される。ぼくは国家試験直前なのだが絶対に行くつもりである。

 この絵画・造型教室を所を変えながら36年も続けてきた安彦講平さんがすごい。素人として、まず足立区の精神病院にもぐり込み、精神医療のことは何も知らずに患者さんたちと絵を描きはじめる。自己流のやり方を試行錯誤で見つけながら、ずっとその道を歩んできた人である。

 ぼくは、彼のように素人として、また同じ精神疾患を持つものとして精神病院にもぐり込み、自分なりの試行錯誤で農作業や園芸、絵画、詩の製作、歌の会や本音のミーティングなど、いろいろとやってきた。今はついにエネルギーが切れてブレークダウンし、自分を癒すことに専念しているが、ぼくのやってきたことは間違いじゃなかったんだ、と元気づけられた。

 この道を行こう、とあらためて確認させられた出会いだった。



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