2006年03月13日

横浜寿町訪問 その1

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歩きまわった寿町の夕暮れ  川べりのハウス、町外れの運河で

2006.3.13

 誕生日。ある講座で一緒になった、ジャンに会いにいく。横浜寿町。そこは日本三大ドヤ街のひとつ。中華街にほど近いたった250メートル四方のブロックのなかに、一万人がひしめいている。

 この町は、全国から日雇いの労働者や、さまざまな事情から行く場のなくなった人たちが集まり、簡易宿泊所(ドヤ)に宿泊しながら、景気のよかった時代には港湾労働や建設労働に従事することができたが、それも今ではほとんど途絶え、生活保護を受けて仮寝の宿で日々をしのぐ人々が何と6割にものぼる。当然ホームレスも多い(右写真は、町外れの「長家」群)。

 そこでの大きな問題がアルコール依存だ。仕事もなく、地域や家族といった暖かい関係性も失い、路上や二三畳の狭いドヤで暮らす。少ない娯楽や気晴らしや他にすることのない手持ち無沙汰やらいろいろあるだろう、以前からの飲酒が加速したり、同じ仲間の唯一のつながりが酒だったりして、深みにはまっていく人が多いと見えた。

 アルコール依存の回復者のためのプログラムを提供する施設、「寿アルク」の所長がジャンである。ぼくは彼にはじめて会ったとき、その人柄にひかれて、もう一度ゆっくり話したいと思った。

 彼自身もかつてアルコール依存のなかから快復してきた人である。しかし、20年近くも飲まないにも関わらず、完全なる到達点はなく、今でも彼は自分のことを「アル中のジャンです」と自己紹介する。つねに途上だというのだ。そんな歩みを止めない彼がかもし出す、深みのある温かさにひかれた。それはいったいどこからくるのだろう。

 ぼくが勤める病院にも、アルコール依存の人たちが多く入院している。そしてこの「病気」がいかに治癒困難なものか、日々痛感させられている。ジャンが仲間たちと、いかにその困難に取り組みつつ乗り越えようとしているのか、現場に行ってみたいと願った。

 電話すると二つ返事で、ぜひ一日ゆっくり過ごしていって下さいという。奇しくもその日はぼくの誕生日だった。

 扉を開けるとなつかしい変わらぬジャンの笑顔が迎えてくれた。


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