2006年03月18日

横浜寿町訪問その2〜人生に取り組む

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春のしぶき

2006.3.13
 「寿アルク」。スラムのど真ん中にあるアルコール依存症回復者のための施設。そうきくと、ちょっと構えてしまうが、ジャンの笑顔に導かれるように、入っていくと他のスタッフもすごく気さく。しかも驚いたことに、日常話す言葉が、「これもハイヤー・パワーのおかげだよね」とは、これいかに??

 彼らのプログラムの中心に、「AAミーティング」がある。アルコホリック・アノニマス、アルコール依存症者の匿名の会という意味だ。このミィーティングの参加者は、名を明かしても明かさなくてもいい。話したことは口外されない。安心な場で、自分の思いのたけを語ることができるし、しかも非難されない。それがルールである。

 ぼくはゲストという立ち場で、このミーティングに参加させていただいた。以前通訳として神戸のミーティングに参加したことはあるが、今回はとりわけ言いつくせない衝撃と感動を覚えた。

 AAの12のステップ。
1)私たちはアルコールに対し無力であり、思い通りに生きていけなくなったことを認めた。
2)自分を超えた大きな力が、私たちを健康な心に戻してくれると信じるようになった。
3)私たちの意思と生き方を、「自分なりに理解した神」の配慮にゆだねる決心をした。

 12段階の最初の三つをミーティングではくりかえし議題にしていた。読めばわかるように、大変に宗教的にも聞こえる。ここで「自分なりに理解した神」という部分が、前述のハイヤーパワーにあたる。神という言葉は出てくるが、宗教ではない。自我の限界に突き当たった依存症者が、自我を超えた大きな力に依り頼んで快復していく、それがここでの回復の一歩とされているのだ。

 AAの運動は、アメリカから始まった。1935年、ビルとボブという飲酒を止めることのできなかったふたりの青年が、協力しあい、仲間をつのって助け合うことで飲酒習慣を克服していった。今では180カ国に広がる、グローバルな運動になっている。

 宗教的な彩りは、そうした経緯から来ているともいえるが、同時に宗教でないというのは、「自分を超えた力=ハイヤーパワー」は、何でもいい、たとえば仲間というグループの力でもいいとしている点だ。この考えがとてもオープンな雰囲気を維持している。

 自分の力だけでどうこうできるものではない。仲間や大きな力によって、生き直していくことができる。それを信じた集まりが、AAミーティングだとぼくには感じられた。言葉を変えれば、ここには生き直しのための仲間が毎日集っているのだ。

 スタッフの人と話したのだが、たんにこれは飲酒を止める会ではないという。飲むことで逃げてきた人生のテーマと向かい合い、取り組む。より積極的に生きていく一歩を踏み出す、そういった意味があるという。

 ミーティングで話される内容は、13日は「思いやり、喜び」だった。一見してわかるように、とくにアルコール依存に限ったテーマではないだろう。あらためて、思いやりや喜びについて考えることは、誰にも共通の大切なことだと思う。

 それを話せる仲間がいる。なんて幸せなことだ。そんな場面は今の世の中にはまれにしか見られない。心底皆さんがうらやましい。ぜひ、職場にやって来て話をしてほしい。。。ぼくは、ミーティングの最後に正直な感想をのべた。

 アルコール依存の人たちは、飲酒を続ければ死んでしまう。飲酒をどうしても止められず、精神を病み体を壊して自滅に向かう、それが一般的な大酒飲みと違う点である。アルコール依存は精神疾患である。だから、ぼくの勤める精神病院にも、たくさんの依存症者が入院している。

 彼らにとって飲酒を断つことは、生きるための必須条件なのだ。そうしなければ死んでしまうのだ。さらに、飲むのを止めるだけでなく、積極的に自分の弱さを認め、生き直さなければ、再度飲酒に帰ってしまう。だから生き延びるために真剣に生きることが課せられている、

 だからこそ、ミィーティングの内容は、生きることそのものに直結した深いものにならざるを得ない。必然がそうさせる。

 ところが、健常で「生きる」ことを迫られていない者たちは、自分でも、ましてや仲間でも、真剣に人生に向かい合うような話題で話すことなど無いに等しい。ここにいたってぼくは、正常と異常がひっくり返るような思いがして、目眩がした。



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