2010年12月31日

悩んでいるとき、苦しいとき、人生の大切な課題がそこに示されています

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 悩み苦しみのない人はいないと思います。大変なときには、どうしたら楽になれるだろうと、必死で考えたり、本を読んだり、人に話したり、いろいろな手段で助けを求めます。けれども、楽しいとき、順調にいっているときは、そうしたことも忘れてしまいがちです。苦しいことなどないほうがいい、ずっとこの楽な状態を続けたい。。。けれど、くりかえしそれはやってきます。なぜなのでしょう?

 悩み苦しんでいるとき、どうして生まれてきたのだろう? 自分は必要な人間なのだろうか? 生きていても価値があるのだろうか? というような疑問が湧いてきた経験がありませんか? これらは、そう簡単に答えが出ない、大きな問いです。せっぱ詰まったときになってようやく、ひとは自分の生きている事実に直面せざるをえなくなります。あるときには、その過酷さに呆然とすることもあるでしょう。

 気楽にすごしているときには、あまりに大変に思える生の事実を、無意識のうちに心の奥にしまいこんでいます。けれども、苦しみは、大変な状態がやってきて心が弱くなっているときに、ふいに顔を現します。それは、本当はこんなふうに言っているのです。

 「またやってきたよ。君がすぐにぼくのことを忘れてしまうものだから、気づいてほしくて何度も戻ってくるんだ。ぼくは大切な贈り物を持ってきている。それを君に渡したいんだ。ぼくの顔が怖いから、君は目をそらしてしまうんだね。たしかに、ぼくは生まれつき人に好かれるような様子はしていない。でも、一度でいいから、ぼくの目をまっすぐに見つめて、ハートを開いてほしい。そして、いいタイミングで贈り物を渡せるように、かたく握ったこぶしをゆるめてくれないか?」

 苦しみは、人生の課題をつれてきます。大変なときこそが、それに気づき、取り組むチャンスです。本当に深い喜びは、自分が生まれてこうして生きている、その楽しみも苦しみも味わってこそ、湧いてくるのでしょう。

 けれども無理することはありませんね。ときには荷物を降ろし、気ままにすごしたり、寄り道することも必要です。日々の生活の小さな安らぎも。「一息一息やすらかに、一歩一歩ほほえんで・・・」ぼくの好きな、フランスに住むベトナム人のお坊さん“ティク・ナット・ハン”の言葉です。
 そんなふうに、ともに歩むお手伝いができたらと望んでいます。


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posted by jksk at 12:51| Comment(0) | TrackBack(0) | メッセージ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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